学と術は車の両輪の如く

“技術のない者が治療をすると患者を病苦から救えません。
知識のない者が治療をすると患者を苦しめ時に殺めることさえあるでしょう。”

治せないのはまだいいとしましょう。
野球の打者と同じで3割治せたらいい方です。
来る日も来る日も技術を研いてください。

苦しめ殺めないためには知識が必要です。
例えば、妊娠初期の妊婦さんで特に流産癖のある方に左の腎経に鍼をすると余計に流産のリスクが高まるということを知っておくべきです。
医学には東西の別がありますが、医師は西洋医学に精通しているはずです(少なくとも自分の専門領域には)。
鍼灸師も当然必要最低限の西洋医学は知っておかなければならないのは言うまでもありませんが、鍼灸師は東洋医学に精通しなければなりません。

「素問」で、陰陽五行気血営衛臓腑経絡などの東洋医学の生理解剖学である臓象を学びます。
「霊枢」で、(九)鍼の運用法、臓象を学びます。
「難経」で、治療法、病因病理を学びます。
「傷寒雑病論」で、「傷寒論」で外感病、「金匱要略」で雑病などの病症を学びます。
「十四経発揮」やその他の経穴書で、経穴について学びます。

そうして基礎を身につけ、後世の医学書に学びます。
そして、臨床というフィルターを通じて古典や後世の医学書を常に再検討します。

これが鍼灸道であり、命が尽きるその時まで続きます。

学と術は車の両輪と同じです。
どちらかが欠けては車が走れないのと同じで学も術も同じくらい大事です。
一歩進んで学よりも術という言葉がありますが、この言葉の真意は、勉強はおろそかにしてもいいから技術を研けという意味ではなく、知識を身につけ、技術を身につけ、臨床では技術が一歩前に出ているのが望ましいということですから、知識と技術を最高水準で身につけなければなりません。
そうしてはじめて患者に医療を施せるのです。
これは東西の医学の違いはあっても同じです。

僕も未だ道の途中ですので余り大きな声では言えないのですが、ご容赦下さいませ。

鍼灸師の鍼灸師による鍼灸師のためのOWND ONE

鍼灸にはあらゆる流派や様式が在ります。 この多様性が日本鍼灸の優秀性のひとつだと感じています。 各流派に優劣は在りません。 それぞれに素晴らしい学術があり、互いに切磋琢磨する間柄です。 流派は違えど、患者を病苦から救うという同じ使命を持った鍼灸師に違いはありません。 元々1つです。 互いを認め高めあい、上工に成れるように、願いを込めてこの名前を付けました。 どうぞ、よろしくお願いします。